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鼻摺古墳と呼ばれ大阪府茨木市耳原3丁目の台地上にあります。 上記名称のほかに、耳原方形墳とも呼ばれることがあります。 現地へ訪れてはいませんので現在の状況などの点で資料が中心に説明を加えました。 資料の読み方や、発行時期などからすでに破壊されている場合もありますので、もし破壊されている場合は過去にこのような古墳があったと理解してください。 墳丘は単純な四角の形をしており方墳と呼ばれるものですが単純な形式のわりに全国の古墳の中では比較的少数でしかありません。 墳丘の規模は、墳丘の一辺が33mで高さ5.5mと測られています。 基本的には土が盛られて造られたものなので1500年あまりの年月の風雪に耐えながらも自然崩壊などもありますから、これらの規模の計測数値は必ずしも確定的なものではありません。 墳丘の周囲には幅7〜12mの周濠があります。 この淀川北岸の摂津地域は同じ畿内に属する地域の中では辺境の地とされていたと推測されます。 この古墳の築造は資料が不足しているため特定できていません。 |
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- 古墳詳細 -